3月6日午後11時



暇なときや眠れないとき、わたしは忘れられない時間を丁寧に思い出すようにしている。思い出すのは大抵あるひとつの脈略の中にあることだけれど、それにまつわることを考えていると気がついたら寝ていることが多い。安堵というか癖のようなものなのだと思う。癖というのは恐ろしい。もっと言ってしまえば、癖になってしまえば、何も怖くないのだ。

そんなわたしの忘れられないシリーズの中でも、お気に入りのものがいくつかある。擦り切れていくビデオテープのように、何度も再生するシーン。いくら鮮明に思い出してみても、思い出すたびに少しずつかたちをかえてしまうけれど、お気に入りのはやっぱりお気に入りのまま。ちょうど去年のこんな日の夜の、なんてことはないちょっとした会話。基本的に過去に帰りたいと思うことはないけれど、あの夜にだけはもう一度戻ってみたいなと思う。戻ってもう少しだけ話したいなと思う。そんなことを思えるほど、今が気に入ってるのかな。




桜の木の下で/つじあやの