10月28日午前10時



おやすみとおはようを繰り返す。時間っておもしろいですよね。体積的な時間感覚と、流動的な時間感覚と、もう一つは断片化された時間感覚と。どれももちろんあるし、これらのバランスをとることが不可欠だと思います。でも、一番わたしが感覚的にもっているのは、未来のための今じゃなくて、もう戻れない今じゃなくて、宙ぶらりんな今な気がします。すべては今のためにあったとは思えないし、過去の出来事すべてが必要であったとも思わない。感傷的なわたしだけど、それでも、後悔というより、過去のじぶんを責めることはしないように心がけてもいいんじゃないかと思うんです。そのときの最善をきちんと選んできたはず。戻りたい過去なんて、わたしには必要ないんです。それは過去と今と未来の、どこに重きをおくことが自分にとって楽かで選べばいい。戻れないんじゃなくて、戻らないことに安心する。思い出に足を取られたり、過去を考えるだけでなにもかもいやになったりはしちゃうんだけどね。それでもいつだって結果オーライだと思えるように、今に重点を置きながら、意味づけすることを選びました。

たくさんを奪って、それでもたくさんをくれた。どうしようもなく勝手だけど、仕方ないから優しいってことにしてあげよう。理論的に組み立てて、割り切れることだけじゃないんですよね、きっと。悔しさとか嫉妬とかさみしさとかみじめさとか、そういった類のものは過去に重点をおいたときにあらわれるものだ、と言い聞かせてみよう。手を引かれるんじゃなくて足をとられるんじゃなくて、せっかくだからもらってきたものを大切にしよう。素敵なプレゼントをどうもありがとう。どうかお元気で。





海へいかないか / Fozztone